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スターリン主義から脱皮できるか、ドイツのPDS [社会へのメッセージ]


 旧東ドイツの政権政党で、独裁政党でもあった社会主義統一党。言論の自由を抑圧し、国民の相互監視体制すらつくっていった。権力のトップは、まさにミニスターリンのようであった。ベルリンの壁崩壊とともに、この党も解体されることになったのも当然といえば当然だろう。しかし、この党の内部から、悪弊を批判しスターリン主義的なあり方を否定して新生しようという動きがあったことが、せめてもの救いだった。
 新生した党はPDS(民主社会党)という。写真の後ろの建物がPDSの本部だ。これがあの政権政党だったなのかと諸行無常の哀れさすら感じる小さな建物だった。しかし、今度こそ、本当に労働者や市民の側にたって行動するべく脱皮しているようだ。統一ドイツでの選挙で、そのたびごとに少しずつ議席を伸ばしていっているらしい。また、マイノリティにも目を配るような考え方を持っている。
 トランスジェンダーの村長だったリントナー氏(それゆえにリコールされてしまったが)はこのPDSに所属している。現在は、ベルリン市の議員をやっていると聞くが、こういった人たちを受け入れる多様性と共生の特質に脱皮できているとしたら、こんどこそ本当にスターリン主義のくびきをたちきったといえるかもしれない。


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中核派も革マル派も、ともにスターリン主義の権化 [社会へのメッセージ]


 ドイツベルリン市、テレビ塔の近くに公園がある。そこの公園のかなり目立つところに2つの大きな銅像がたっていた。写真で、私と比較すると、その巨大さがわかるだろう。座っている方が3m、立像の方は5mはあるだろうか。とにかく大きい。独裁国家でみられるような権力者の銅像なのだろうか。実はそうではない。この2人は政治権力などは全く持っていなかった。にもかかわらず、20世紀を動かした思想家であり、今も、その根底となる考え方が光を失ったというわけでもない。ただ、この2人の思想を正しく理解し運用できなかったところに、20世紀の不幸があった。
 最近の若い人は、この2体の銅像をみても、それが誰だかわかる人の方が少ないかもしれないが、社会主義国といわれていた国家だけではなく、資本主義国家にも大きく影響を与えた2人。そう、あの、マルクスとエンゲルスの銅像なのだ。
 ただ、墓場のなかで、マルクスとエンゲルスは、たぶん嘆いてはいるだろうけれど。2人は銅像を建てられたりするなどの個人崇拝をたいへんに嫌っていた。しかし、後世の「頭がとち狂った」共産主義者たちが、2人を偶像視していったところから社会主義はおかしくなり始めたのだった。2人の考え方は、あくまでも、科学の学説として、科学的な検討と批判のなかでこそ扱われるべきだったのに、「頭がとち狂った」共産主義者たちは、2人の言説を「聖書」に祭り上げてしまったのだった。後世の学者たちが、自分の言説の正しさを表すのに、マルクス=エンゲルス全集から引用することを習性としてしまったのだった。マルクス=エンゲルス全集の言葉が「聖書の言葉」になってしまったのだ。もはやこれでは科学ではない。科学の学問に権威をつくってはならないし、つくった段階で、その言説は堕落してしまう。
 1989年、ベルリンの壁の崩壊。1990年、社会主義国だった東ドイツは消滅し、当時の西ドイツに吸収され、現在は統一ドイツとしてドイツ連邦共和国の一エリアとなっている。この公園は、昔の東ベルリンのエリアにあったところで、世界から東ドイツが消滅した現在、この地域が社会主義国であったことを指し示す記念物ともなっている。
                                  *****
 マルクスやエンゲルス、そしてレーニンを語りながら、彼らを神格化しゆがめてしまう傾向は、今でも存在する。スターリンを批判し反スターリン主義といいながら、自分たちが同じことをやっていることには盲目な人たちがいる。
 卒業式のときに、校門でビラまきをしている人たちがいる。あるとき、その人と話したことがあった。彼は、中核派という政治集団を背景にしていた。
 私が質問した。「あんた方は革マル派を襲撃して殺しているじゃないですか.殺人者のどこに正当性があるというのか」
 その答えが、また驚くものであった。襲撃した行為を正当防衛と言ってきたからだった。私はすぐに反論した。こんな論拠に反論するのは赤子の手をひねるより簡単だ。小難しくリアリティのない言説をいう人や集団ほど、実は論理的には稚拙であることが多い。
「正当防衛っていうのはね、たとえば、今まさに、私があなたを殺そうとしている.そのとき、(最初から準備していたわけではなく)たまたまそこにあった石で反撃した.そうしたら打ち所が悪くて相手が死んでしまった.こういうときにしか言わないんだよ」
 革マル派も中核派の人物を殺害したことがあるわけで、もちろん同罪だが、こんなときに「正当防衛」を言い出すところが実に怖い。自分たちこそが正当であると信じ込み、相手は権力とグルになっている敵だという。おもしろいことに、相手も同様な論理で攻撃しているわけで、自分たちこそが正しいとして相手を排除しようとするのは、まさに、他者の論理には盲目になって殺しあう宗教戦争以外のなにものでもない。
 正当防衛だから相手を殺害することは必要なことだという論理は、反逆罪の名の下に数多くの仲間を殺害していったスターリンとどこがちがうのか。反スターリン主義といいながら、自分たちがまさにそのスターリン主義を行っている。自分たちが盲目になっていることに気がつかないのだろうか。
 こういった人たちが、国旗・国歌の強制反対といって、私たち教員の仲間づらしてビラをまきにくる。仲間づらされたくはない。反逆罪をデッチあげて殺害していったスターリン、片や、正当防衛という屁理屈を言って人を殺す中核派(もちろん革マル派も同罪)。反逆罪といい正当防衛という屁理屈といい、どちらも自分の頭の中だけで正当だと思いこむでっち上げではないか。中核派も革マル派もスターリンそっくりだ。「反スターリン主義」とスローガンを打っていても、やっていることがそっくりでは喜劇にもならない。こういった人たちから援護されても、私ははなはだ迷惑だ。
 ビラをまきにくる前に、自分たちがやってきたスターリンと同等の行為をしっかりと振り返ってもらいたい。 


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死者の数のまちがいをつつき事実をなきものにしようとするのだろうか [社会へのメッセージ]

 南京事件で殺害された人の数がどれぐらいあったのかを正確に知ることなど不可能だ。1人の殺人事件ですら捜査が難航することがあるのに、戦時中という状況の中で、物的証拠が隠滅されていることもあるだろうし、そもそも、虐殺事件で人数を確定する物的証拠を出せということの主張の方に無茶がある。
 「南京虐殺で30万人が殺された」などということを私は書いてもいないのに、30万人は虚構だと、私に対して質問してくる手法は、存在もしない相手のミスをでっち上げて難癖をつけてくるやり方ではないだろうか。
 私に対してのあれこれは、問題の本質からずれるので、これ以上はやめる。

 難癖をつけてくる人たちには、大きな問題点というか、論理の弱点がある。
 虐殺された人の数に対して、これこれの論理でそういう数字はありえないと批判する。私は、そこまでは別にかまわないと思っている。数字のおかしさがあった場合、それを指摘するのは当然だ。
 問題は、数字におかしさがあるという点を論理のテコとして、南京虐殺は虚構であるかのようにイメージづけようとする魂胆が見え隠れすることにあると、私は思っている。もともと、虐殺数など正確に知ることが困難な性格を持っているのに、データが不正確だからということをクローズアップして、虐殺そのものが虚構だったかのごとく見せかけようとしているのであれば、極めて犯罪的な手法だといわざるをえない。
 何度も言うが、学問上の検討として、数字のおかしさを指摘するのはいい。むしろ必要なことだろう。であれば、どうやったら、より正確な数字を導き出せるかという提案をしてほしいのだ。30万人がおかしいのであれば、どのような調査方法をとれば、より正確に推計できるのかということを示すことが、学問的な真摯さだろうと私は思う。
 30万人がおかしいとか、20万人という数字はありえないとか、数字にデタラメがあると言っている人が、「南京虐殺はなかった。1人も殺されてはいない」とは絶対に言わない。数字がいい加減だということをあれこれと証明して、虐殺そのものが「なかったかのようにイメージづける」という、たいへんに卑劣な難癖のやりかたをしているのが特徴ではないだろうか。
 実証研究の分野の歴史学者であれば、できるかぎり数字を正しく推計する調査方法を考えていくのは、これは学者としては当然のことだろう。しかし私は歴史学者ではない。虐殺された人がどれぐらいいるかという数字には関心はない。30万人でも20万人でも、あるいは、1万人であったとしても、私が南京事件を見る見方と関心には少しもかわりはない。
 虚構だという人に聞きたいのだが、「虐殺された人が1万人だというのであれば、その数字には難癖はつけないのかどうか」ということだ。
 私は、虐殺数が30万人であったとしても1万人であったとしても、なんら本質にはかわりはないと思っている。よその国に、日本の軍隊が入っていって、1人であったとしても、1万人であったとしても、30万人であったとしても、その国の人を殺害したということ自体が、大きな犯罪行為であると思うからだ。なんで、日本の軍隊が、他国に足を踏み入れなければならないのか。そこのところを問題にする視点が、「虐殺は虚構だ」と言っている人たちに全く欠けている。虐殺数をあれこれと論難する前に、軍隊が他国に足を踏み入れたという犯罪性をまずは前提にすることから、こういった問題のとらえ方は出発するべきだろう。
 数字は、私にも、どれが正しいのかはわからない。また、わかりっこない。しかし、いえることは、「軍隊という武力を背景に侵略していった側は、そのほとんどにおいて、相手国の人民に対して残虐な危害を加えることは通常のことである」という事実だ。古今東西、だいたいにしてそういえる。日本人が例外だという証明はない。
 耳塚という遺跡があるが、これは、豊臣秀吉が朝鮮征伐という侵略を行ったとき、朝鮮人の耳を切り落として持ち帰り、それを埋めた塚であるとなっている。耳を切り落とすなど、まさに残虐な行為だ。別に、日本人だけのことではなく、アレクサンダー大王の昔から、侵略者は相手国の人民に残虐な行いをするという事実については、枚挙にいとまがなかったことではないか。
 となると、南京に侵略した日本軍が、中国人民に残虐な行為を働いたという話は、過去のさまざまな歴史的な事実からするならば、とりたてて奇妙な話とは思えない。虐殺は十分にありえる話だと考えることの方が、よほど自然だ。これまでの歴史からみれば、「虐殺は虚構だ」と言っている側にこそ、むしろ不自然さが生じる。
 「日本人は別だ、農耕民族だから平和的だ」などという情緒的な物言いをする人もいるが(なぜか、侵略戦争を美化しようとしている人にそういう人が多い)、ばかげた話だ。先に出した耳塚の事例は十分に残虐ではないのか。江戸時代のさまざまな拷問道具の発明は日本人がやってこなかったか。沖縄戦で日本軍が沖縄住民に行った残忍な行為をどう考えるのか。などなど、農耕民族だから狩猟民族とはちがうなどという説明には大きな無理がある。侵略を行った側が、相手の人民に対して残虐に振る舞うということに、日本人とても例外ではない。

 誤解をさけるために書いておくが、日本軍による南京虐殺と、ナチスが行ったユダヤ人に対してのホロコーストとを、私は、少しも同列には扱うつもりはない。2つの間には、質的にちがったものがある。
 ユダヤ人へのホロコーストは、ユダヤ民族を世界から抹殺してしまおうとした民族殲滅が背景にあるが、南京虐殺は、民族殲滅の思想的背景はない。こちらは、侵略者側は相手の人民に対して残忍になりうるという、これまで数多くの侵略の特質と共通する態度の延長にあると考えている。私に対して、ホロコーストと同じに見るのかという質問があったので、そうは考えていないということをはっきりと述べておく。しかし、だからといって、虐殺を否定するイメージをつくりだすとしたら、これは犯罪的な言辞になるだろう。

 「宮崎留美子は人を殺した」と、証拠もあいまいで言っていいのか、というたとえを出して、南京虐殺を言うことにクレームをつけるという論調があった。
 全く、論理がおかしい。
 特定人物の責任を問う場合には、その人物が、一点の曇りもなくまちかがいなく犯罪を犯していることの証明が必要だ。ことによると、その人の命を奪う処刑もありえるからだ。そのことと、歴史的な認識問題を語ることとは、また別の議論である。両者を並列に見る論理はまちがいだ。
 冒頭でも述べたように、大量虐殺事件の場合、その数を確定することは極めて困難である。しかも、軍隊のように組織が絡んでいた場合、証拠隠滅も行われることは、これまでにもよくあったことだ。事件そのものがなかったという証拠が示されたのであればともかく、死者数のデータに開きがあったとしても、データの曖昧さを根拠として、事件そのものを抹殺してしまうというのは、大きな誤りだ。
 ある個人が殺人を犯したかどうかというときには、データが曖昧であれば「疑わしきは罰せず」である。いい加減で処刑することはできない。だからといって、歴史認識について、データに曖昧さがあるからといって、事件そのものを「なかったこと」にしてしまうことは、むしろ、そのほうが犯罪的であると言わざるをえない。


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都政を革新する会・長谷川ひでのりさんのチラシに一言 [社会へのメッセージ]

 中国のみなさんに、ひとつ、ぜひ理解してもらいたいことがあります。
 私は、反動的な視点で歴史をねじ曲げて書かれている教科書の記述内容を批判します。しかし、私が批判することと、そういう記述が教科書として出ることを否定するかどうかということとは別次元だということを理解してほしいのです。
 いろいろな執筆者が、そして教科書発行会社が、どのような歴史認識で記述した教科書をつくるのかということは、これも「言論・表現の自由」あるいは「教育の自由」であり、国家による介入をできるだけ少なくするべきものだと思っています。本来ならば、国家による検定という許可制度そのものにも賛成しないのですが、現に今はありますので、内容チェックをできるだけ少なくしていく声をあげたいと思います。
 ということは、ある執筆者や発行会社は、過去の戦争を美化する内容の教科書をつくるかもしれません。かりにそうであったとしても、自由に教科書を執筆する権利を、国家として否定してはならないという考え方を、ぜひ理解してほしいのです。これが民主主義の要でもあるということもわかってほしいと思います。言論表現の自由とは、自分たちにとって都合が悪い内容のものでも、他者が、それを表に出す権利を認めきっていくこと。ある意味ではこれがエッセンスでもあるわけです。

 手元に「長谷川ひでのり」さんという方(都政を革新する会)が発行したチラシがあります。このなかに次の文章がありました。関係する部分を引用してみます。
中国各地で激しい抗日デモが拡大しています。中国民衆の怒りをかきたてているのは誰でしょうか。日本政府です。・・・・(途中略)・・・・戦犯をまつる靖国に首相が参拝を繰り返す、侵略を正当化し新たな戦争をせん動する教科書を検定合格にする、日米安保を対中国へシフトする、領土を奪い取ろうとする--これらは中国民衆にとって日本帝国主義による「第2の15年侵略戦争」の「宣戦布告」にも等しいものです。抗日デモは、再び開始された日本帝国主義の侵略に対する正当な抵抗です (この部分はチラシからの引用です)

 全般的にはなかなかまともなことが書かれていると思うのですが、1点だけ、大きな誤りがあると思っています。そしてこの誤りは、過去に自分たちの国がやった侵略の誤りをしっかりと見据えていこうという、まさに「良心」から発した考え方であるがゆえに、自己の誤りを発見し自分で批判できる発想が生まれにくいというところにあります。また、「良心」ある他者も、『内容はいいことを言っている』ということで、長谷川さんを批判することは難しいものです。ここが「侵略戦争に反対するという良心から出た考え方の陥穽」でもあると思います。人間がはまりやすい陥穽であるかのかもしれません。長谷川さんのビラを検討してみましょう。
 「侵略を正当化し新たな戦争をせん動する教科書を検定合格にする」と書かれていて、そういった教科書を検定合格にしたことを非難している部分です。もし、こういった教科書を不合格にすべきだったというのであれば、国家権力が、教科書の内容をチェックし合否を決めるということを自ら容認したことになるわけで、国家が教科書の内容をチェックしない、少なくとも、できるかぎりゆるやかな方向にもっていく重要な視点に水を差すことになってしまいます。
つくる会の歴史教科書に対して検定不合格とした場合には、文科省はよくやった、あるいは、当然のことをしたと評価することになるのでしょうか。私たちからみればトンデモナイ歴史教科書ですが、つくる会の執筆者にとっては、正しい教科書、いい教科書をつくったと真剣に思っているのだと思います。そういう人の考え方や表現の自由を奪う「検定不合格」をよしとすることが、はたして私たちが望む社会の方向性なのでしょうか。そうではありますまい。国家権力が、この教科書はOK、こちらは不合格などと、教育内容を決めていくことに「ゾッとする」というような感覚を持つべきではないのかと思うのです。この感覚の点が、残念ながら、長谷川さんにはやや欠けているのではないかとおもったのです。
 ではどうすればいいのか。私たちにとって納得できないケシカラン教科書であっても、それをつくり発行する自由はあくまでも保障しきる感覚を持ち、しかし、その教科書はちっとも採用されず売れない状態をつくりだすことではないでしようか。トンデモナイ教科書を発行しても全く赤字になり採算が合わず、結局は、国民からソッポを向かれる教科書をつくる人や会社がなくなっていく、つまり「言論表現分野での自由競争」で、私たちの側が勝っていくことにあるのではないでしょうか。
 一方、今、侵略を正当化しようとする教科書が生まれて、中国の民衆が怒っているのであるから、そこをしっかりと見据えることが現在の論点だという反論があるでしょう。一見、まっとうなことを述べているように見えますが、ここはある意味ではとても危険なとらえ方です。正しい道筋を見据えていれば、その道筋を進む手段がおかしくても批判しないということになりかねません。こうなれば、労働者階級の立場に立ち社会主義を守るためにという名目で多くの民衆を殺害したスターリン時代をどうして批判できましょうか。「しかたなかったではないか」と見逃すことになってしまいます。正しい道筋は正しい手段で行使されてこそ輝きがあるものであって、間違った手段を使う場合には、正しい道筋を進む資格を持ち得ないと、私は思います。
 こう言うと、中国のみなさんは、感情的に「侵略を美化した教科書を認めるのか」と非難してくるかもしれませんが、もう少し深く考えてみてください。
 生徒に何を教えるのかという「内容」を、国家があれこれとチェックすることの恐さに、もう少し思慮を深めてほしいと思うのです。何をどのように教えるのかは、市民と対話しながら教員が行う教育の自由であって、ここへの国家権力による介入をなくすことを目標に、できるかぎり最小限に抑えていかなければならない重要性を、ぜひみなさん方も考えてみて下さい。ヨーロッパ諸国では、教科書検定制度など存在しないところも多くあります。「国家が教科書をつくる」というあり方への否定は、21世紀の民主主義にとって極めて大切なことではないでしょうか。
 そうなると、中国のみなさん方にとって「気に入らない」教科書が、日本で発行されることもあるでしょう。しかしそれは、言論表現の自由という大切な観点から、私たちが受け入れていかなければならないリスクだと思っています。
 だからこそ、中国のみなさんと私たち日本の一般の市民や教員が相互理解と対話を深め、侵略戦争を美化するような教科書が自由に発行されたとしても、それが実際に採用されることがないように、教員自らがそのような教科書は「おかしいのだ」という目を育てていくようにしなければならないということです。私たちがそのような目を持つために、どうぞ、中国のみなさんのお気持ちをお聞かせいただき、同時に、この問題に潜む民主主義と言論表現の自由という「深い理解の視点」をお互いに育てていきたいと思います。


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中国のみなさんへ ~日本の多くの教員は変な歴史認識は持っていないはずです~ [社会へのメッセージ]

日本語がわかる中国の方は、ぜひこの私の小論を中国語に訳して、周りの方に読んでいただきたいと思います。

(下の写真は、反日デモがあった都市のひとつ、シンセン市の羅湖駅前)


 最近。中国各地で起きている「反日デモ」がさらに広がりをみせていることに、たいへんな憂慮をしています。私は、デモを行っているみなさんがケシカランだとか、また、中国政府の対応がよくないだとかの立場で発言するつもりはありません。今後とも、中国国民のみなさんと、私たち日本人が、近き隣人として相互理解のもとに仲良くやっていきたいという気持ちが第1です。第2には、私も、高等学校の現場で社会科の教師をしていますが、私を含めて多くの歴史や政治経済を教えている教員は、みなさん方が心配するような「歴史認識の改ざん」に与してはいるわけではなく、一部の政治家や右翼・反動的な人たちが、最近、声を大きくしてきているだけだということを、正しく知っていただきたいと思っています。「新しい歴史教科書をつくる会(以下、つくる会と表記)」編の一部の教科書では「歴史認識の改ざん」をやっているかとも思いますが、日本国内の社会科の教員で、この「つくる会」編の教科書を支持する人はほとんどいません。逆にとても批判的に見ているのが実情です。一部の政治家の姿勢や新聞報道などで表に現れ、みなさん方が耳にする「歴史認識の改ざん」の話は、実際の日本国内の教育現場ではほとんどありえないということを、みなさま方には正しく知っていただきたいと思います。

 私は戦後の生まれです。そして、現在、小・中・高で歴史を教えている教員も、ほとんど全員が戦後の生まれか、かりに生まれは戦前だとしても、戦後の教育を受けてきて、現在、教壇に立っている者です。
 私たちひとりひとりには、過去の日本が起こした侵略戦争についての責任はありません。生まれてもおらず、またたまたま日本人に生まれてきたというだけで責任を負わされるわけはありません。しかし、日本人として生を受けた以上、過去に日本が行った侵略戦争についての歴史認識を、自民族中心のとらえ方(エスノセントリズム)ではなく、他の国民の立場も含めた複眼的な見方でしっかりと学んでいきたいと思っています。そして、誤りを2度と繰り返すことのないように、絶対に他国に兵を進める侵略的な態度をとることがない平和国家の形成者でありたいと思っていますし、教えている生徒にも、そういう姿勢をもつ国民になってほしいと思っています。
 私が所属する教職員組合(日本教職員組合の傘下にある組合)は、結成以来のスローガンとして「教え子を再び戦場に送らない」ことを掲げ続けています。私はこのスローガンを誇りに思い大切にし授業での指針にしています。「教え子を再び戦場に送らない」という意味は、自分たちが戦争の被害者にならないということと同時に、また、加害者であってもならないという強い平和主義の気持ちを表しているものだと思っています。
 このスローガンについて、最近の日本国内の「左翼嫌悪」の風潮のなかで、「古くさい左翼用語」※という非難を浴びせる論調もありますが、多くの教員は、この言葉はやはり捨て去ってはならない基本だと思っているはずです。少なくとも、私の周りの教員はだいたいこの気持ちを誰しもが持っていると思います。戦争の問題を考えていくという平和学習は、日本の高校の多くの修学旅行のテーマにもなっています。
※「教え子を再び戦場に送らない」という言葉は、21世紀にこそ、世界のどこの国であっても実現していきたいまさに先進的な考え方であるのにもかかわらず、これを「古くさい」とする人たちこそに、復古主義的な国家主義の考え方が見え隠れしている.批判する側こそに古くささがある.左翼用語などと考えるところに、旧態依然たる左翼・右翼の2分法でとらえる世界観をもっているともいえる.

 中国のみなさん方には、こういった、実際の現場での「侵略戦争の実態を正しく知り、原爆被害国だけではなく、加害者としての日本の歴史を学んでいる」ことの事実もわかっていただきたいと思うものです。
 私は、昨年、ポーランド南部の街、オフィシエンチムにあるポーランド国立アウシュビッツ博物館を訪問し、たっぷり1日かけて見学してきました。
 現在のドイツ政府がこの博物館の維持管理費用への補助を行ったり、ドイツの大学生が、夏休み期間を利用して、広大な敷地の草むしりなどのボランティアに来ているとも聞きました。私たち日本政府は、中国の南京大虐殺の資料について、その維持になんらかの貢献をしてきたでしょうか。また、日本の大学生が、こういった資料施設を訪れ、そこから過去に日本がやった歴史を学びとることをやっているでしょうか。ドイツ政府は、ナチス時代の戦争犯罪人に対しては時効を停止し死ぬまで責任を追及するという姿勢をとってきたことに対し、日本では、太平洋戦争開戦時に東条内閣にいた大臣が、戦後になって総理大臣までなってしまうというように、戦争責任についての追及の曖昧さがありました。こういったことをみると、戦後のドイツと日本の姿勢のちがいを感じさせられてしまいます。 ドイツと比較して、こういった負の問題を持っており、そのことをとても残念に思っています。しかし教育現場では、ちゃんと日本の戦争責任や加害者としての歴史も教えていこうという教員は数多く存在しています。高校では、沖縄への修学旅行が流行っていますが、加害者としての日本の立場も含めて「戦争を考える」という平和学習をテーマとしての沖縄修学旅行であり、この流れは広がっているぐらいです。

 日本国民が背負っているのは負の課題ばかりではありません。戦後の日本国民は、珠玉の条文であると思っている憲法9条(戦争と戦力の放棄を含む平和主義条項)を含む日本国憲法をぎりぎり守ってきました。戦後60年、中国のみなさんもご存じの通り、日本は他国と一切の戦争をやっていません。今のところ(2005年4月段階)日本の自衛隊は、他国民を1人たりとも殺めていません。これは憲法9条の存在抜きにはありえなかったと思います。紆余曲折はあり、また、憲法9条を改悪しようとする危険な兆候はあるものの、日本国民は、なんとか平和主義を守ってきています。200近い世界の国家のなかで、この60年間、一切の戦争をしてこなかった国家はとても数が少ないと思います※。日本が、その数少ないひとつとして存在していることは、その国に住む国民にとっての誇りでもあるし、またこのことを、中国人の方にも正しく認識してもらいたいと思うものです。
※残念ながら、中華人民共和国の成立後であっても、例えば、ベトナムといざこざを起こしたり、中ソ国境での紛争など、中国は銃を発砲したことがあると思います。また、核兵器という大量殺戮兵器も所有しています.どんな理由をつけようとも、かりに自衛のためだと称しても、大量殺戮を目的とした核兵器を保有することは正当化できません.中国のみなさん方も、銃を発砲した過去や、自国の核兵器保有について批判的な視点を持ってほしいと思っています。

 社会の成員にはいろいろな考え方の人がいます。ナチスの犯罪行為の責任追及に真摯にとりくんでいるドイツでも、全国民が反ナチス的な考え方を持っているわけではなく、ネオナチを称され、ナチスの象徴である鉤十字(ハーケンクロイツ)をこれ見よがしに振りかざす人たちも存在します。同様に、日本でも同じことがいえます。
 南京大虐殺はなかったなどと主張する人たちもでてきました。「被害者の数が20万人というのは嘘だ、数万人だ、データがでたらめだ」と難癖つける人たちがいます。被害者数のデータには曖昧な部分があるかもしれませんが、しかし、南京大虐殺がなかったということではないし、数の曖昧さをことさらに出してきて、いい加減だとして事実を塗りつぶしてしまおうという姿勢に憤りを感じています。
 どんなに言いくるめても、日本軍が、他国の領土である中国に兵を進め銃剣で他国の市民の脅やかしているのに、その侵略性を覆い隠すようなことは、歴史に不誠実だと思います。私たちは、ここをしっかりと直視していかなければならないし、また、そうしようと努力する教員はたくさんいます。いやむしろ、社会科の教員であれば、そのような姿勢をとる人が多数だと思います。
 しかし、一部の反動的な学者たちが書いた教科書では「日本の戦争目的は,自存自衛とアジアを欧米の支配から解放し,そして,『大東亜共栄圏』を建設することであると宣言した」「日本の緒戦の勝利は,東南アジアやインドの多くの人々に独立への夢と勇気を育んだ」というふうに、エスノセントリズム的に偏狭な視点で記述されています。欧米の国々が帝国主義的にアジアの国々を植民地化していった張本人であることはその通りです。しかし、日本も、遅れて発達した帝国主義国として、欧米が持っていた中国での権益を奪い取るべく、まさに帝国主義的に中国に軍隊をすすめていったというのが、日本の多くの社会科教員がもっている歴史認識だと思います。決して一部の政治家や反動的な学者の言説を支持してはいないと信じています。
 日本で、歴史教育に携わる多くの教員は、中国のみなさん方が心配するような認識は持っていないはずです。最近、反動的な言説を声高語る人が目につくようになり、そのことには憂慮していますが、大多数の教員が、そういった言説に惑わされているわけではありません。この点は、よく理解していただきたいと思います。

 中国のみなさんに、ひとつ、ぜひ理解してもらいたいことがあります。
 私は、反動的な視点で歴史をねじ曲げて書かれている教科書の記述内容を批判します。しかし、私が批判することと、そういう記述が教科書として出ることを否定するかどうかということとは別次元だということを理解してほしいのです。
 いろいろな執筆者が、そして教科書発行会社が、どのような歴史認識で記述した教科書をつくるのかということは、これも「言論・表現の自由」あるいは「教育の自由」であり、国家による介入をできるだけ少なくするべきものだと思っています。本来ならば、国家による検定という許可制度そのものにも賛成しないのですが、現に今はありますので、内容チェックをできるだけ少なくしていく声をあげたいと思います。
 ということは、ある執筆者や発行会社は、過去の戦争を美化する内容の教科書をつくるかもしれません。かりにそうであったとしても、自由に教科書を執筆する権利を、国家として否定してはならないという考え方を、ぜひ理解してほしいのです。これが民主主義の要でもあるということもわかってほしいと思います。言論表現の自由とは、自分たちにとって都合が悪い内容のものでも、他者が、それを表に出す権利を認めきっていくこと。ある意味ではこれがエッセンスでもあるわけです。

 私たち日本の側が心しなければならない態度があると同様に、中国のみなさん側にも考えてもらわなければならないことは多くあると思います。
 反日デモのことを報道した日本のテレビで見たワンシーンです。デモ隊のメンバーで、「私たち(中国)は大きい.日本は吹けば飛ぶような小国だ(小日本というような蔑視表現)」みたいな発言をしている人がいました。このような人は一部なのでしょうが、経済力をつけてきた中国が、広大な国土と多くの人口を背景に、国民のなかには大国意識を持つようになってきてはいないかと危惧しています。
 国民が大国意識を持てば、いずれはその国家は増長していき、いずれは衰退の憂き目をみると思います。小さくてもキラリと光る国、そういう国づくりこそが国際社会のなかで高い評価を受けるポジションを勝ちうるのではないでしょうか。人口も経済規模も日本の15分の1しかないスウェーデンなのですが、200年近く戦争をせず、女性の社会進出を高くする政策をすすめ、また、環境問題にも敏感な提言を行ったりするそのあり方は、国際社会のなかで大きな評価を受けているではないですか。「小さな国」スウェーデンは、アメリカとかわらないぐらいの影響力を国際社会のなかで持っているのではないでしょうか。大国意識は21世紀に通用するものではありません。
 中国にある日系のお店が破壊されたというニュースも見ました。中国料理や文化が日本に入ってきて、私たちの生活の一部となり生活に彩りを添えてくれます。中国に進出した日系のお店も、一方で、中国の人たちの生活の利便に役立っているものと思います。現在の世界は、各国が相互依存を深めていて、そのことによって、お互いの国民の生活も豊かになっていくのではないでしょうか。私の周りにも、数多くの「MADE IN CHINA」があふれています。
 日系のお店だからとか、日本人がそこにいるからという理由で、破壊行動が行われるとしたら、せっかく経済的な相互交流が高まっていることに水を差すようになりかねません。
 外国を非難するのは、自国のナショナリズムを高揚させるのにはかなり有効です。今回の中国の「反日デモ」の様子を報道で見聞きして、中国はケシカラン、自分勝手だと、矛先を中国に向け、エスノセントリズム的に日本の国威を発揚させる動きが出てくるかもしれません。「日本政府の歴史認識は問題だけど、それにしてもの破壊行動はあまりにもひどい」という気持ちは、日本国民にも受け入れやすいですから(私も行き過ぎは大いにあると思っている)、せっかく複眼的な視点で見ていこうと考えている人たちですらも、国威発揚からの声に飲み込まれてしまうことを危惧します。

 日本の実際の教育現場での歴史認識と生徒への授業内容については、必ずしも、中国のみなさん方の心配するようにはなっていないのですから、みなさん方も、ぜひ、行動はには節度ある態度で臨んでいってほしいと切実に思っている日本の一国民です。
 私も、中国の方の気持ちにリアルに触れたり、また、中国を訪れ、過去の戦争で日本がどういうことをやったのかの史跡を、今後、見ていきたいと思っています。


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カオニャオマムアン [宮崎留美子の紀行記]


タイ北部の街「チェンマイ」のレストランで食べたデザート、カオニャオマムアン

 カオニャオマムアン...なんだか猫が鳴いているような言葉です。
 「マムアン」とは、日本で言うマンゴーのこと。タイはマンゴーの大産地。フィリピンのマンゴーに比べて甘みがさらにあり、なんとも言えないおいしさです。
 さて、ココナッツミルク炊いた餅米(カオニャオ)に、さらにココナッツミルクをつけて、そしてマムアン(マンゴー)と一緒に口にほおばって食べるデザートです。
 ココナッツミルクの甘みが餅米にしみてなんとも言えないおいしさ。そして、マンゴーと一緒に口のなかでとろけるハーモニー。もう天国です。
 日本でも、タイ料理を出すレストランはそれなりにありますが、このカオニャオマムアンはなかなかおいていません。日本で食べたことはないのです。

 またタイを訪れる機会があったならば、なんとしてでもカオニャオマムアンももう一度食べてみたいと夢見ています。


タイの奥深い村では時間はゆっくりと過ぎる [宮崎留美子の紀行記]


電気もガスも水道もないタイ北部の山村.平日の昼間でも人々はゆっくりと時間を過ごす

 通勤ラッシュで体はくちゃくちゃにもまれ、落ち着く暇もなく密度が濃い仕事をさせられている日本。確かに物質的には豊かであり、この村の人たちが到底手にすることができないデジカメを持ち、日本を離れこうやって世界を回ることもできるワタシ。
 ここでは、昼間から、なにをするでもなく時間がゆっくりと過ぎていくような感覚がある。
 物質的にははるかに豊かな私は、果たして、ここの人たちよりも、トータルとして考えたときに「豊か」と言えるのだろうか。
 通勤ラッシュの体験もなく、時間がやっくりと過ぎる毎日を持っている人たちは、ある意味での「贅沢者」なのかもしれないなと思ったものだった。


性を移行するあり方はまさに多様 [セクシュアルマイノリティ]

ぜひ、ブログだけではなく、私のホームページもご覧下さい。UIRLは以下の通りです。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/miyazaki/
なお、私の著書をアマゾンで紹介いたします。

 某県で中学校の先生をされている百合子さん(仮名)からメールをいただきました。この方も含めて、小・中・高の先生にかぎっても、10人以上の「自己の性別に違和感を抱いている人」を知っています。
 ある県の中学校の先生は、化粧してスカートをはいて外出できるまでにはいたっていないので、もっぱら自室で女性の下着を着たり、勤務の時、男性ものの服の下にブラジャーなどを着けたりして、自己の性別違和感と折り合いをつけていました。
 たしかに、私のように「外出し、女性の姿で海外旅行まで行ってしまう」というのは数は少ないかもしれません。しかし、それぞれの方がおかれた環境で、自分なりの「折りあい方」の工夫をしているのだと思います。
 さて、ここでは、百合子さんは、どのような違和感の歴史があり、どのように折り合いをつけているのか、ひとつの参考例として見てみたいと思います。

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 (ご本人からのメールです。名前を仮名にしています)
 私が女性として目覚めたのは(自分なりに)今から30年ほど前です。そのころ百合子は小学生でした。家庭科の教科書の中に男女の衣服の違いを説明したイラストが出ていました。
 その中に下着のイラストがあり、初めて女の子のショーツを見たのです。それは新鮮な驚きでした。女の子がどのような下着を穿いているのか初めて知りました。そして…百合子も、それを穿いてみたくなりました。そして近くのスーパーで恥ずかしいのを我慢してショーツを買ったのです。家に帰って穿いてみました。それまで穿いていたブリーフと違ってとても優しい感じでお尻が包まれたのを覚えています。それから時々ショーツを穿いて小学校に行きました。本当に自分が女の子になったように思えて周りの女の子達にとても親近感が持てました。
 それから母のタンスなどからストッキングやスリップ、ブラウスなどを借りて夜、こっそりとそれを身につけてみることが続きました。ブラジャーはまだ一般的でなかったように思います。高校・大学と進学する内、少しずつ女性用の衣類も増えました。大学が東京だったのでアダルトショップなどで購入できたからです。恥ずかしさを我慢して用品店などで買うこともしました。まだトランスジェンダーなんて言葉のなかったころです。百合子はどんなふうに見られていたのかしら…。
 昭和58年教員になりました。お給料がもらえるようになって、お金に余裕ができたので、いよいよ百合子の女装は本格的になりました。職場には何となく罪の意識というのか…外も中も男性用を着けていきましたが、休日などはほとんど女性用を着けて生活していました。でも…百合子は弱虫ですから…昼間は下着だけです。そして深夜、みんなが寝静まってから、こっそりと家を出て女装姿で外出したりすることもありました。お化粧も一応はしていましたが、とてもきれいなんて言えないものでしたわ。もちろん女装姿の時は女性の言葉で話すようにしました。といっても、独り言なのですけれど…。
 現在は結婚して妻子ある家庭です。女装もいまはできなくなりました。集めたランジェリーや服も処分しなければなりませんでしたけれど、新しい幸せのためですものね…。でも、百合子の中の「女性」は変わりません。男として生活している日々でも、一人になった時間には「百合子」になります。姿は男ですけれど、言葉は女性の言葉で話します。恥ずかしいですけれど去年からずっと「立ちオシッコ」もやめました。女性用のお手洗いに入るわけにはいきませんけれど、男性用の個室に入り「座りオシッコ」とティッシュの後始末をしています。
 今年は…もっと女性らしくなりたいので、いくつかの本を買ってより女性らしい身ごなしやしぐさ、歩き方などをお勉強してます。きっと私…周りの人たちから侮蔑の目で見られるのでしょうね…。でも…後悔しません…いつもつぶやくようにしています。「私…きっとすばらしい女性になるわ…」って…。
 こんな百合子はただ変態なだけですか…それともトランスジェンダーのお仲間に入れていただけるのですか…先生、どうぞお教え下さい。
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 性同一性障害という言葉が広まり、また、性同一性障害者の戸籍の性別変更ができるようになったことは、性を変えて生きていきたいという人たちにとってのひとつの前進点ではあったかもしれません。
 しかし、戸籍の性を変えて生きていける人は、ごく限られた人たちにしかすぎないのです。
 現在、性別に違和感があれば、精神科医の門をくぐって診察してもらうという風潮が広がっています。そして、これは、精神科医が「性同一性障害」というネーミングで、疾患の枠にくくるありかたとつながってきます。
 確かに、「変態」と見られていた域を脱して「あなたは変態なんかではない。病気なんだよ」ということになったのは、一定の意義をもっているかもしれませんが、「性同一性障害だから性を変えて生きることが可能だ」みたいに、世間に受けとめられるようになっているとすれば、上記のメールを下さった中学校の先生のような方は、依然として「ただ変態なだけですか」と自問しなければならないことになってしまいます。
 自己の性別違和感と折り合いをつけるどんなあり方であっても、それは、人さまざまであって、どれが正しいパターンだなどということはないはずです。性転換手術を行い戸籍の性別も変えるというあり方もひとつのパターンであるとすれば、百合子さんのようなパターンも同等あり方として受け入れられるべきなのです。しかし、現にそうはなっていないところに、「性転換手術が可能になり戸籍の性別が変えられる」という医療に囲われた路線が、そういう枠内に収まりきれない人たちを排除する雰囲気をつくりだしている気がしてなりません。
 性別に違和感を持っている人たちに福音をもたらすはずのことが、ごく一部の人たちだけの福音で終わり、他の人たちを、依然として「変態」と自問させてしまうという結果になってはいないかと危惧しています。
 性同一性障害の人の人権ということで、性別変更の特例法も制定され、また、世田谷区議に当事者が当選したりしている現在であっても、精神科医に通って性同一性障害の診断を受けるようなプロセスをやっていない人が、「こんな百合子はただ変態なだけですか…それともトランスジェンダーのお仲間に入れていただけるのですか…先生、どうぞお教え下さい」と悩まなければいけない現実があるのです。福音の光はごく一部の人たちに対してだけしかあたっていないと考えざるをえません。
 本来は、公には性転換手術ができなかった状況に対して、医療側が「性を変える人たちのことを真摯に考えていこう」という善意から始まったことが、当事者の運動のなかでころがされていくうちに、下手すると、「医療機関によって性同一性障害と認定(診断)された人だけが人権保護の対象となりうる」というふうに、あらたな差別意識が育ってきているような気がするのです。

「百合子さん、あなたはトランスジェンダーなんだよ」

 いやいや、現実が、性同一性障害の人に対してのみ福音をもたらそうとしている状況が存在しているなかでは、「百合子さん、あなたは性同一性障害なんだよ」とも言ってあげたいと思います。〈性同一性障害は精神科医が診断するもの〉というような一部の当事者や、ひょっとしたら思い上がった医師※が言うことなんか糞食らえ。性同一性障害と自分が思うことで、それで精神的にも気分が晴れ、また、前向きに生きていけるのであれば、そのネーミングの認定を、どうして医師だけに委ねていいものでしょうか。
※こういう医師がいるとは信じたくありませんし、いやしくも高度な学問を積んだ医師がそのように考えていることはないと信じたいと思います.公的な書類を発行できる権限を有することと、自分の症状が何であるかを診断することとはイコールではありません.後者の〈自分の症状が何であるか〉を診断するのは医師以外はできないと考えるような「思い上がった医師」はいないと信じたいと思います.生業としてやっていいかどうかという免許の問題と混同するのは馬鹿げた論理ですが、当事者の一部には、そういう人もいて、そういう人にかぎって、医師の診断を受けていない「女装者」を変態だとみなす人もいるようです.もちろんごく一部の人たちですが.

 性同一性障害でもトランスジェンダーでも、また、他のいかなるネーミングであったとしても、当事者が、自分をどのようにアイデントファイし気持ちを楽にするかは、その当事者の自由であり権利です。
 「性同一性障害は医学用語だから・・・・」などという理屈は、どうぞ、学会のなかだけで勝手に言ってほしいもの(高度な学問を積んだ医師の方が、そんな馬鹿げた論理を言うとは思えないので、学会のなかで語られることもないと思いますが、ここではオーバーな表現技法として書いています)。当事者が自分をなんと呼ぼうと、そんなことに、第3者があれこれということ自体が余計なお世話だと、私は思っています。
 百合子さん。自分を「変態」だと規定して、それで満足できればそれもいい。トランスジェンダーだと規定する方が心が落ち着くというのであればそれもいい。性同一性障害と言った方が安心感があるのであれば、どうぞそのように規定してください。
 女性らしくなりたいあなたが「自分がハッピーであること」を追求するのは、それこそ、幸福追求権のひとつでもあると思います。どうぞ、「より女性らしい身ごなしやしぐさ、歩き方など」自分らしいあり方を求めていってください。もし、周りの人たちが侮蔑の目で見ているとしたら、そういうふうに見ている周りの人たちこそ、多様なあり方を解しようとはしない偏狭なかわいそうな人たちだと思えばいいのではないでしょうか。

 性の多様性を「それでいいのだよ」と受け入れる共生の心ももちろん、私たちとはちがった価値観を持っている他民族との共生など、多様性を承認し共生する心を持っていくことが、21世紀を生きる私たちに大切な姿勢だと思うのです。
 この「心」は、君が代を強制して歌わせ、起立しない人を処分するというような頑なな一元的な価値観を強いることとは正反対の「心」でもあるはずです。あらゆる「多様性の承認と共生」を重んじる人たちと連帯していくことも視野に入れていいかもしれません。


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沖縄を旅して感じたこと・考えたこと [宮崎留美子の紀行記]


 1997年2月にホームページを開設して、はや8年になりました。延べアクセス回数も108万回になり、多くの方に見ていただいています。
 今回、3月末に沖縄を旅して、そこから感じたことを「留美子の紀行記」に新規アップしました。多くの写真とともに、私の思いを綴っています。思いの簡単な紹介は下記の通りですが、詳しくは、ぜひ、ホームページ本文を見てください。
 ホームページURLはつぎのところです。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/miyazaki/

******************************(簡単な紹介文)
 紀行記「留美子、美ら島・沖縄を歩く」を新規にアップしました。沖縄の美しいエメラルドグリーンの海の写真とともに、太平洋戦争末期の沖縄戦で犠牲になった人たちのことから学んだことを、私なりの随想を加えて写真集を編んでいます。
 沖縄戦から学んだことは「軍隊は決して国民を守りはしない」ということでした。その事実は、日本国憲法の第9条が珠玉のように大切であるということを教えてくれます。そして、軍隊は、国民の命や財産を守るためにあるのではなく、権力者と国家体制を守ることにその本質があるのだということを痛切に感じ、9条を変えようとする策動には反対していかなければならないことを訴えたいと思います。
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